2007年1月26日金曜日

牢獄のある大学

1月16日、SYLFF(笹川良一ヤングリーダー奨学金制度)設立20周年記念式典が、45カ国、69大学の出席のもと、デンマークのコペンハーゲン大学で開催された。

コペンハーゲン大学は1479年の創設、第258代・ラルフ・ヘミングセン学長(精神科医)を中心に37,000人の学生が在籍している。

大学はコペンハーゲン市の中心部にあり、現在の建物は1809年着工で、完成は36年後の1845年の歴史ある建物である。当時は大学に独立した自治権があり、警察権のようなものもあったらしい。

大学の地下には当時使われた牢獄がある。6㎡ぐらいの広さで、酔っ払いや素行不良の学生が収容されたようだ。壁の赤レンガには、多くの収容された学生の名前が、思い思いの方法で刻まれていた。

どういうわけか収容者の多くは、卒業後、神父になった人が多く、なかには歴史上有名な神父もいたという。

私の知る限り、この大学は牢獄を持つ世界唯一の大学である。と書いたところで、秘書の木下園子さんより「他にも牢獄のある大学がありますよ」との指摘を受けた。

ドイツのハイデルベルグ大学である。1712年から1914年までの200年間、学生牢は機能していたという。牢獄の期間は3日~30日である。最初の3日間はパンと水のみ、4日目からは差し入れも許された。入牢中も授業に出ることは奨励されていたので、授業が終わると管理人が牢に連れ戻した。

学生は「男の勲章」として入牢を誇りにしていた向きもあったという。日本においても大学自治を声高に主張する向きがある。それならいっそのこと大学に牢獄を設置したらどうだろう。

残念ながら、素行不良の学生より先に、論文の捏造や研究費の不正流用の先生で一杯になってしまうだろう。

名案は冥暗になってしまった。

2007年1月25日木曜日

トイレ考

昨日のブログで「良品廉価」の山崎製パンを取り上げたが、一時期、社外役員を勤めていた関係で横浜工場を見学に行ったことがある。

その折、工場のトイレの清潔さに驚いた。工場のトイレであるから金がかかっているわけではないが、便器だけでなく、隅々まで行き届いた清掃をしている。

トイレであるのにすがすがしさすら感じた。食品会社のトイレとはこういうものかと認識を新たにしたのを憶えている。私は子供の時からトイレを素手で掃除させられた経験があるせいか、トイレには若干の関心がある。トイレを立派とか格式とかいうのはおかしいかもしれないが、宮中のトイレはやはり印象深い。

銀座の資生堂のトイレは大理石で豪華であった。銀座の通(つう)と言われた人は資生堂のトイレを拝借するのを常としたという。最近どのようになっているかはご無沙汰しているのでわからない。

先週帰国したばかりのデンマーク、スウェーデンのトイレは、私の身長にあわない。爪先立ちしても放物線は到達しない。したがって最近は大の所で小を致すことにしている。

発展途上国には便座のないトイレも多く、中腰で処理するのは難儀である。まして、イスラム圏では紙の変わりに水と手で拭く。したがって、トイレの床は水浸しで、ズボンの裾が濡れないように用心しなければならない。

アメリカのYMCAのトイレは最悪であった。20ほどの便器は囲いのないオープンで、向かい合って用を足すようになっている。気の弱い私は、どうにもならず困惑したことがある。

かつてのソ連もひどかった。紙はメモ用紙のように厚手で固く、揉むとばらばらになってしまう。ロシア人はどのようにこの紙を使っていたのか不思議である。紙は便器に流せない。一杯になった紙くず入れからの臭気は甚だしいものがあった。

銀座に「ハリウッド」というキャバレーがあった。小便器はマリリン・モンローの顔になっており、その口の部分に放射するようになっていた。トイレには他の便器もあるのだが、客は一台しかないマリリン・モンローに列を作った。

日本のウォシュレットは世界的な大発明である。しかし、アメリカ、ヨーロッパのホテルでまだウォシュレットを設置しているところはない。

中国のホテルでは既に設置しているところがあった。昨年、日本に招待した中国人民解放軍の若きエリート達は、なんと、みやげにウォシュレットを購入し、小脇に抱えて帰って行った。

中国人民解放軍精鋭の将校とウォシュレット。
なんとも微笑ましい。

2007年1月24日水曜日

良品廉価の山崎製パン

不二家問題が連日報道されている。長年、市民に愛されてきたペコチャンも泣いているだろう。

「九仞の功を一簣に虧く(きゅうじんのこうをいっきにかく)」とはこのことで、長年積み重ねてきた信用も、一度の失敗で元の木阿弥である。これは私にとって決して他人事ではない。組織の長として自戒しなければならない。

かつて、世界最大のパン会社で、和菓子や洋菓子など、日常生活に欠かせない食品を製造している山崎製パン株式会社の役員を勤めたことがある。

ある年、クリスマスケーキに必需品のイチゴが急騰した。なんと1個、100円になったのである。私の記憶では、当時40万個の販売予定で大きな赤字が予測されたが、創業者の飯島藤十郎氏の創業理念である「良品廉価」に変更なしと、子息の延浩社長の判断に揺るぎはなかった。

不二家は、イチゴの高騰に悲鳴をあげ、替わりに栗を2個入れた。素人の私は役員会で「イチゴより栗の方が高いのでは」と、トンチンカンな質問で失笑を誘った。

<イチゴ2個で200円>-<栗2個で20円>=180円。

クリスマスケーキ1個あたり180円の節約となるわけである。クリスマス商戦の結果を聞いて驚いた。40万個の山崎が完売で、20万個の不二家に売れ残りが出たという。

消費者はなんて利口なんだろう。イチゴの間に栗が入ったほうが見かけが良いし、内容も優れていると思ったのは私だけであった。

当時、飛ぶ鳥を落とす勢いのスーパー「ダイエー」の中内功社長(当時)が訪ねてきて「山崎パンの商品を店頭に並べたいので紹介の労をとれ」とのことだった。理由を聞くと、「私は日本各地の店を歩いて、商品の値段と品質をチェックしている。

特に牛肉とパンにはことのほか関心がある。小麦粉の値段が上がろうが小豆の値段が上がろうが、山崎パンだけは品質も目方も全く変わらない。

他社のパンは目方が軽くなったり、アンパンのアンが少なくなっている。山崎パンの『良品廉価』に間違いない。日本一品質に厳しい私が惚れたのです。紹介してください。」とのことだった。山崎製パンは、バブルの時も一切浮利を求めず、今も愚直なほど『良品廉価』にこだわる会社である。

2007年1月22日月曜日

再チャレンジ第一号「そのまんま東」

再チャレンジ第一号「そのまんま東氏 当選」報道でご存知の通り、「そのまんま東」氏が宮崎県知事選挙で圧勝した。自公推薦の持永氏の2倍以上の得票である。
新聞、テレビでは、平凡な見出しで「そのまんま東」氏の当選を報じた。

かつての「そのまんま東」氏の親分、ビートたけしに言わせれば、「浮行の前歴や、俺と一緒にフライデーに殴り込みをかけたそのまんまだったら、当選はしなかったっちゅうの。あいつはどん底のなかで真面目に政策を勉強してたっちゅうの。そのまんまではなく変身しったっちゅうのに、なぜ変身、東氏当選と言わねんだ」ということになる。

安倍首相は再チャレンジを標榜しているにもかかわらず、「明るく県政を立て直してもらいたいという県民の期待があったのだろう。期待にこたえて県政に取り組んでもらいたい。(1月22日、毎日新聞夕刊)」と、無味乾燥な談話である。

支持率低下で余裕がないのかもしれないが、「再チャレンジ第一号そのまんま東君、おめでとう!!、ただ、自民党員でなく残念!!」ぐらいの談話が欲しかった。

政治家には雄弁とウイット(機知、機転、頓知)やユーモア(上品な洒落やおかしみ)が重要な資質とされている。チャーチル首相や吉田茂首相は、その点に長けていた。

保守合同の立役者、三木武吉は選挙中の立会演説会において、相手候補から「さる有力候補は愛人を3人も囲っている」と批判された。

ところが、次に演壇に立った三木は「先ほどの弱小候補が述べた愛人を囲っておる候補とは不肖わたくしであります」と愛人の存在をあっさりと認め、

さらに「先ほどの候補は3人と申しましたが、正しくは5人であります。それも今は年をとり役に立ちませんがこれを捨てるに忍びず、現在も誰一人捨てた事がありませぬ」と反論した。

その率直さが好感を呼んで選挙では当選を果たした。 「女3人も喧嘩させずに御させないで一国の総理になれるか!」と、男っぷり溢れる発言をしたり、松竹梅といわれた3人の妾を囲ったり・・・・ちなみにこれは、愛人のランクではなく、実際に名前が松子、竹子、梅子だった。松子には神楽坂で待合を持たせた。晩年も精力に衰えはなく、72歳で亡くなるときも愛人が5人いたという。

緊張する政治情勢の中での気のきいたウイットやユーモアは、一服の清涼剤となる。しかし、誰でも言えることではない。ウイットやユーモアには高い教養や知性が必要であるからだ。多くの政治家は私と同じ、駄洒落の域である。

変身後の名前は「東国原英夫(ヒガシコクバル・ヒデオ)」である。ああ!!何と立派な名前であることか。そのまんまではなかった東国原さん、頑張れ!!